(14) サバィディー、ラオス 前編 チュンズ

<高知〜チェンマイ> 2000年4月24日 心地よい疲労感。普段と違うのはここが海の上だということ。これから向かう国の知識を一通り詰め込み、床に入り眠りに着く。カメラの電池がないのに気づいたので、明日関空ででも買おう。
 4月25日 船が片道3570円。大阪港からなんばまで電車で1160円。関空までラピートなら40分で着くのだが時間に余裕があるので特急代の700円を節約して各停に乗り泉佐野で乗り換え。関空に着いてから電池を入手。800円なり。虫除けの薬は900円。荷物検査後、免税店にてアナスイのラメマスカラ2200円を買った。出発ロビーの待合い席で、私と同じく一人旅する女の子たち同士が会話をしている。果たして乗り継ぎは上手くいくのか?荷物はチェンマイで無事出てきてくれるのか?まだピンときていない一人での出国。機内では席が一番前で、テーブルがサイドから出る仕組みだった。
タイのドンムアン空港に15:25到着。空港係員に道を尋ねたら、「レフトサイド」と言われ、「ありがとう!」と手を振る。見つけたデスクでは前に並んでいたインド人にえらく時間がかかっていたけれど、私の手続きは5分くらいで済んだ。
心配していたトランジットも無事通過。7番ゲートにて搭乗を待つ。チェンマイ行きの日本人ってけっこういるんだな。少し鼻にかかった声の場内アナウンスはほとんどがタイ語。語尾の“コップクンカー(ありがとうございました)”しかわからないのが笑える。
飛行機の窓からは2重にかかった虹が見えた。
空港に降り立つと、入国審査も荷物が出てくるのも激早!ネットで代理店に頼んでいたガイドさんはちょうど私と同じくらいの歳のウイさんという可愛い女性。両替も親切に教えてくれた。客は私だけ。夕食はひとりでビュッフェ。タイ式ラーメンとタイカレーとデザートでお腹いっぱいになった。ホテルの売店の指輪が250バーツくらいだった。明日はラオスへ向かう。さっと風呂に入って寝よう。
 4月26日 7:00モーニングコール、7:30朝食。ひとりで食べるご飯は心なしか味気ない。湿気で髪がはねる。9:00出発。新しい都という意味の「チェンマイ」には、街中に現在も城壁とお堀が残る。車は明るい色のブーゲンビリアが咲き乱れるドイステープ(寺院)へ。靴を預けて参拝した後、今度は乗り合いタクシーでメオ族の村を訪問。村で商売する日本人がいてびっくり。
山岳民族のおばあさんの小さな店で1550バーツお買い物。
お昼はウイさんとふたりでビュッフェ。お約束の銀や革や宝石のお店を訪問。トランク内の荷物の整理をして13:00から昼寝。18:00に起き出し、ナイトバザールへ。その後は立派な建物の中で踊りを見ながら豪華なカントークディナー。ホテルへ帰って10:30就寝。
 4月27日 朝食後チェックアウト。9:00ロビー集合。空港税500バーツを用意。運転手さんには日本のお土産扇子を渡す。ウイさん別れ際ちょっと淡白。そのときはどうしてかよくわからなかったが、今思うと、同じくらいの歳の私(彼女からすると仕事上では客なのだが)が自国より物価の安い他国で豪遊しているのを見て、内心快く思わなかったせいかも知れない。
10:00搭乗。いよいよラオス。楽しみ。空模様はちょっと曇り気味かも。
<チェンマイ〜ルアンプラバン> 飛行機から降り、小さなバスに乗って入国審査場までしばらく舗装されていないでこぼこ道を走る。見間違いだろうか、飛行場内なのに水牛がいる…。車内には6人。
審査官に英語で今日はどこに泊まるのか訊かれたが、ラオ訛りが強すぎて何を言っているかわからない。紙に質問を書いてもらって、「ランサーンゲストハウス」と答えた。
入国手続きを終えてそこから出ると、ガイドさんと運転手さんが待っていてくれた。ガイドさんはタイ人でアジア独特の平たい顔だったが、運転手さんはラオ人で金城武似の超男前だった。中学生くらいの子供たちが自転車で下校途中。ここの学校の昼休みは2時間あるのだそうだ。11:45にホテルに到着。今日の観光への出発は13:00とのこと。部屋に荷物を置き、ホテルの周りを少し散歩。両替のこととチップのこと、それからオプションのことを訊かなければ。
赤土の山肌が見えたでこぼこ道をドライブして、世界遺産「クォンシーの滝」に到着。流れ落ちる水は2段になっていて、上の段に溜まった美しい緑色の透き通った水と景観はまるでこの世の楽園を描いたかのようだった。タイ・バーツが使えるようなので帰り道の村で100バーツ払って小さな手編みの籠を4つ買った。バナナやパパイヤ、ブタの子なども売っていた。この辺は一夫多妻制だそうだ。
16:30ホテル着。夕食は19:00。夕食まで昼寝。ホテルのレストランでラップペットとパットヘットサイカイ、カイホーンバイトゥイという料理を食べた。ガイドさんが、水かけ祭を見に行くか?と言うので、25分くらいほぼ真っ暗な道をふたりで歩いて、広いお寺に着いた。人が多く、皆金色の寝釈迦にお水をかけていた。賑やかなあやつり人形の劇も見ることができた。
寝る前にちょっと計算。1ドルが7500キップで108円。1バーツが200キップで3.3円。てことは、1000キップは5バーツで175円。…う〜ん、ややこしい。
 4月28日 6:30起床。鶏が鳴いている。朝食はフランスパンと目玉焼きとお茶。
9:00出発。絵ハガキ5枚で10000キップ。インフレが激しいのかゼロが多い。途中銀行で4000円両替したら、1円68キップで242000キップに。市内観光が始まって、比較的質素だけれど調度品の美しい王宮博物館→五層の屋根のあるワットマイ→町並みが見渡せるプーシーの丘→タイルによって描かれた「生命の樹」のレリーフがあるワットシェントーン→寝釈迦のある小さなワットパパーなどを巡って昼食。 (後編へ続く)

美和 クランマー

 一年たつのは、何と早いことでしょう・・・。
 昨年は、グラウンドホッグという猫ぐらいの大きさの動物が玄関の階段の下に穴を掘って、巣を作ろうとしてくれたので、穴を埋めたり金網を埋めたりと、巣を諦めさせるのに3週間かかりました。埋めても埋めても穴を掘りに来たのでした。
 秋には、裏庭にビーバーがダムを作り、あれよあれよという間にダムは大きくなっていき、裏庭に大きな池ができてしまいました。高い松の木々が水際になり、そのうち木が家に向かって倒れると命に関わるかもしれないので、ダムを壊すことにしました。ダムはすでに1mの高さで、壊すのに体力を使い、しかも毎晩壊れたところを修復してくれるので、何と戦いはやはり3週間かかりました。少し上流には50mに渡る巨大なビーバーダムが3年かけて作られていて、それは壊していないのでビーバーにとっては一大事でもなかったのだと思います。
 12月にはアイスストームといって、気温が低いのに雨が降るという災害がありました。雨が降るなり氷りつくので、木の枝や葉の一本一本まで氷で覆われていき、重みに耐えかねた木が大きな枝を落としたり倒れたりして、電線を切ってしまったのでした。そこら中、通行止めとなり、うちは5日間停電しました。停電すると水が出ないので、学校も休校となったので、主人が仕事を休んでスキーに行けたという利点もありましたが・・・。スキー場には人がほとんどいなくてすばらしかったです。
 アイスストームの後はスノーストームが3日間続き、60cmほど雪が積もりました。今は20〜30cmほど積もっています。ここ2〜3日は寒すぎて子供達も外で遊べません。子供達は小学校の講堂やインドアスポーツ施設でサッカーやバスケットボール、ラクロースの練習や試合に忙しく、親は車を運転してあちこちへ子供を連れて行くのに忙しいというところです。
 ではまた。今年はよい一年でありますように。