(4)アレルゲン 原 禎子

早10月。今年も残すところ後三月というのに、連日の日中30度越え。やはり何かオカシナ気がしますね。とはいえ、実りの秋は着々と歩み寄り、美味しいものが出回り始めました。「○○肥ゆる秋」…耳が痛し(涙)。
しかし、私のように体重を無視して、無邪気に喜んでばかりも居られない人も多いのでは?
秋はさまざまな花粉も飛び交う季節。その影響に、文字通り泣かされている方も少なからず居るでしょう。近年、花粉症やアトピー性皮膚炎、気管支喘息に蕁麻疹。とにかくアレルギーとくくられる症状をお持ちの方が本当に多い。かく言う私も、角膜にプラスチックアレルギーがあり、ソフトコンタクトレンズは使い捨ての一日タイプのもの以外は使用を禁止されています。
では、そもそもアレルギーとは? 平たく言うと「そもそも、敵ではないものを敵として認識し攻撃或いは、防御する身体の反応」といえます。身体の免疫機能が何らかのアレルゲンに過敏に反応し、その結果が極めて不都合なかたちを以って表れた状態です。花粉やハウスダスト、あらゆる食品のたんぱく質etc…。本来有害性を重視されていないものに過敏に反応してしまう身体。
幼少期に発生した場合は、アレルゲンを避け、体力をつける事で成人するまで引きずることは少ないようです。成人してから発症した場合(花粉症などはこの例が多いですが)乾布摩擦などの皮膚刺激を継続することをお勧めしています。いずれにしても、日常生活を脅かすほどの症状となると、何らかの対処が必要でしょう。
しかし、アレルゲンの無い世界は存在するのでしょうか?存在したとして、そこで人間は生存しうるのでしょうか? そして、この世の中で、アレルゲンになり得ないものがどれだけあるのでしょうか?
その答えを、私は知りません。ただ、想像するのみです。
何事にも、利・不利の側面があり、またそれは時々刻々、場面により捉え方は変化します。
「敵という概念から自由な身体」そのような身体が存在するとすれば、それは「アレルフリーな身体」なのだろうな…。しかしこれも、私の推測に過ぎません。
でもね。本当に居たんですよ。
「ああ、この人は敵じゃない。ただ、理解しがたいだけなんだ。」と納得がいった途端、蕁麻疹とオサラバした人が(笑)。面白いですよねー。身体って。ただの偶然でしょうか?
とはいえ、何もかにもこのようにうまくいくとは限りませんし、何事も「過ぎたるは…。」
食欲の秋の誘惑に負け、冬前の体重計の前で「秋アレルギー」など起こさぬようご自愛くださいませ。

よさこいと私・後編 Bun

よさこいの踊りには独特の振り付けがあるようで、「よさこいならでは」の決めポーズ?がある事に気がつきました。他のチームの踊りと共通の手や足の振付けがあり、これがそうだったのか!と本祭も終わろうとする頃に、ようやく気づいたのでした。今もそのポーズをしては「よさこい人」らしい(たぶん)自分の姿に酔いしれています。
実際の練習行程ですが、前で踊るコーチの踊りを見よう見まねで習得する様なもので、小さい頃から踊っている子ども達の手の動きたるや、到底私の追いつけるレベルではありません。なにより踊りながら鳴子を鳴らすのが大変難しく、最後まで「パンっ」と格好良く決まりませんでした。来年の課題です。そんな親をあっという間に追い越して行くであろう我が子は、あと何回一緒に踊ってくれるのだろうと思ったりしました。
本祭の2日間は、踊る時間より出番までの待ち時間がとても長いので踊っている時はまさに一瞬です。ただ帯屋町アーケードは信号の待ち時間も踊り続けたので何度か記憶が飛び、途中音が聞こえなくなったりして、今思えば危険な状態だった様な、、、そんな極限状態も含めて良い思い出です。踊りきれたのはひとえにここで倒れたら後ろで踊る娘に踏まれる、と思っただけでなく見ているお客様に恥ずかしい!と小さな踊り子根性が芽生えたからであります。
「よさこい」以後街の風景が違って見えたのは言うまでもありません。菜園場の商店街のそばを通ると、引きつった笑顔で踊る自分が見えるようで目頭が熱くなります。道路に踊り出しそうになる自分がいて怖いくらいです。苦しさと楽しさが表裏一体となった「よさこい祭り」、県民全ての人が踊る日がきますように!

ラーラ

 ルポ『精神病院をぶっこわした国イタリア』という記事が、週刊金曜日9月21日号に掲載されています。今年、有名なサンレモ音楽祭で優勝したのは、アフロヘアのシモーネ・クリスティッキ。狂人を10年も見続けてきたクリスティッキは、狂人の視点から、短い詩に強いメッセージをこめ、軽く表現しました。説教でも議論でもなく、軽く。これが彼の才能です。
 精神保健大改革がイタリアで始まって30余年。いま、精神病院だった建物は廃墟となっていたり、精神病の人々の居住施設になっているそうです。町の広場では「狂人たちと夕食する会」が月に1回、無料で開催されるとか。
 今から30余年前、東京の大きな精神病院で看護学生として実習したとき私は、担当した患者さんに必要なのは看護者との関わりではなく、家族に受け入れられ実社会の中に解放されることだと、強く思いました。人間はつまずいたとき、親しい人々との交流のなかで力をよみがえらせることができます。でも、今だに日本では、精神障害のレッテルを貼り、隔離して差別する傾向があります。クリスティッキの凱旋コンサートは、4日前に440席を完売。会場に集ったのは、年齢もさまざまな普通の市民たち、市長、文化担当助役、クリスティッキがボランティアで出入りした精神科拠点の精神科医、患者だった市民たちでした。
 「彼らに一番必要なのは、外界とのコンタクト」「精神病の人々と社会を隔てている塀を壊す作業は、社会全体が関与すべき問題です」という市民の声。クリスティッキは謙虚にシンプルに「違うことこそ、社会の豊かさ、そのものなのだ」と歌います。
 狂人に市民権をもたらした改革に拍手できる、そんな知識と情緒がいつしか国民に根づいた、だからこそサンレモの優勝なのでしょう。