−私たちのなかの子どもへ− (12) |
久保理子 |
「貧しい島の奇跡」(「ムギと王さま」に収録)
(著者:エリナー・ファージョン / 訳:石井桃子 / 絵:E・アーディゾーニ / 出版社:岩波書店)
ずっと前に読んだときには、心にひっかからなかったのに、今読むと、奇妙な痛みを感じさせられる物語があります。「貧しい島の奇跡」もそんな感慨に満ちた短編です。ある国の女王さまが、偶然目にした貧しい島を訪れることになり、島のやさしい女の子が、たった一本しかないバラを犠牲にして女王をもてなします。
慈悲深い女王は、島を豊かにするために、帰ったらあれをしよう、これもしようと決心します。しかしながら、どの一つもしないうちに、“人には知られない苦しみのために”亡くなってしまうのです。その島の人たちは心底貧しく、本土へ渡るには、満月の日に、潮が引いてできた道を、歩くのがならわしでした。そして、お天気があやしくなって、皆が波にのまれそうになったとき、奇跡が起こります。
女王と深いかかわりのある奇跡で物語は幕を降ろします。女王の痛みのもとは何であったのか、なぜ一つだけでも島を助けることをしておかなかったのか、あるいは奇跡によって島の人々を助けたということなのか、などと、とめどない物語の余韻が打ち寄せてきます。そしてなぜまた、この貧しい島の隣に、女王の楽しみのための島があるのでしょう。もっとも、その島がなければ女王が貧しい島を知ることはなかったのだ、とため息をつきながら。もう少し早く歩かないと、島へたどり着く前に、波が両側から押し寄せてしまいそうです。
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