白い巨塔

入院した、その日の夜中,息子がものすごい泣いて,ベッドにおく事もままならなかった。点滴を引きずりながらよいよいと抱っこしてやっと目をつぶったかな,と思ったら「ピピー,ピピー」とけたたましい音で血中酸素濃度を感知する器械が鳴って「ぅんぎゃ〜っ」とまた泣き出す。この繰り返しで,外が薄明るくなる頃には私は立ったまま抱っこして寝ていて、夢かうつつか、背後に人の気配を感じることもあった。そんな親子共々ボロボロの中,朝の回診が始まった。最近、またドラマ化された「白い巨塔」のような、偉そうな教授がゾロゾロと医師や看護婦長などを連れて病室をまわる回診である。後で知ったのだけど大名行列のような回診は、曜日が決まっていて、週に一回だけである。入院したばかりでそんな事とはつゆ知らず、徹夜明けで眠かった私は、椅子にもたれて寝ていた。そんな中、突然ノックとともに教授を先頭に病室に10人ほどの白い集団(医者)が入ってきて、母親を押しのけて息子を取り囲んだ。そして寝ていた息子の聴診を取り,ぎゅうぎゅうお腹を押して,「○△×□の数値は本当にあってるのか?、¥#$%&の投与を□△×・・・」と横文字の専門用語で若い担当医師を責め立てた後、母親である私には一言も声をかけず,目もくれずに去っていった。何様のつもりだ,とものすごく腹が立った。真剣に帰ろうとも思った。物のように息子を扱われた気分で,石があったら投げたい気分だった。常識では考えられない態度だと思う。でも,病気を治してもらう,命を預けている側としては文句を言うなんて怖くてできない...。このとき,この大きな病院の特殊な雰囲気について初めて気づいた。
大きな病院の閉ざされた空間には独自のルールみたいなものがあって,でもそれは、患者側の心を置き去りにしているようなものだと思う。何かが違う,何かがおかしい。
母親のくせに,しっかりしなくてはいけないのに,悔しくて,不安で涙目になって、これじゃいかん,と歯を食いしばった。

Bun

−私たちのなかの子どもへ− (7)

「泣かないで、くまくん」(絵本)
(著者・絵:アン=マドレイヌ・シェロット / 訳:菱木晃子 / 徳間書店)

 人間の子どもに忘れられたおもちゃたちが集まって住むサンクチュアリ、それは子どもたちの遊ぶ公園の近くにあります。黄色いテディベアの「くまくん」は、ある日、子どものバケツにしのびこんで、公園に忘れられてしまいました。くまくんは、大くまさんをはじめ、忘れられたおもちゃ仲間と一緒に、木のなかにできた家で暮らすようになります。
 彼らは、ときどき、住み心地のいい家を出て、公園の近くまで出かけます。ソリ遊びをしている子どもたちを遠くから見たりしますが、子どもたちは誰も、おもちゃたちの視線に気付きません。それでも、子どもたちがいつか探しにきてくれると、どこかで信じているおもちゃもいます。捨てられたおもちゃにとってのハッピーエンドは、たいていの場合、新しい人間の家族をもつこと。けれど、このおもちゃたちは助け合って暮らしながら、おもちゃだけでも幸せになれることを学んでゆくのです。
 失った保護者や家のかわりに、さみしさをわかってくれる仲間と暮らす、おもちゃたち。この奇妙な感覚を、どう受け止めたらいいのでしょうか。泣き虫のサンタクロースも、カバさんも、スヌーピーも、あひるちゃんも、大くまさんのいる木の家で、過去を忘れて生きようとするのです。かといって、人間の子どもは、子どもだけでは幸せになれません。大人に守られなくては生きていけません。「くまくん」たちが頼っていたのは、そんな人間の子どもたちで、「くまくん」たちもまた、人間の子どもの象徴であることを思うと、よけいに愛おしく感じられます。

久保理子



ある日、こうち生協で一緒に活動していたYさんが10年振りに店を訪ねてくれた時、言ってくれた言葉が心に残っている。「和田さんは人と人とをつなぐ仕事をする人だから」と……。
自分では気付かなかったけど、人のお役に立つことが一番の喜びなのでその言葉に励まされた。
お店を始めて、情報や人のつながりが広がったお陰で最近はスムーズにお客様の悩みに役立つことが多くなった。アトピーの子供さんで悩んでいるお母さんには治したお母さんに出会いの場を、病気の人には東洋医学の先生を、山暮らしを考えている人には受け入れ先を紹介して喜ばれた。
考えてみれば開店当時から、不思議な店だとお客様から言ってもらっていたが、私が何とかしたいと思っていると丁度の情報が入り、不登校の子供たちも元気になっていった。
気とは不思議だ。私がその方のお役に立ちたいと考えていると、ピッタリの人が店に来てくれるのだ。そしてとても協力的だから一度も問題が起きたことがない。
お隣のNちゃんが「おばちゃん、店を潰さんとってよ。おばちゃんは人と人とをつなぐ大きな橋だからね」と言ってくれたけど、実は私が一番助けられているのだ。
明日、店を閉めないといけなくなっても何の後悔もない。お金では得られない人の財産が出来たから……。

和田佐知子/うれし屋 tel:845-5601地図



 5月31日、プールの水抜きがありました。去年より少し投入する量が少なかった事もあり、又、生き物の為、少しの条件の違いでどう結果が変わるか不安でしたが、プールを見てみると、壁面は汚れもなく、パイプにも藻や青粉はありませんでした。
 ただ去年より泥が少し残っていましたが、先生方からは“上等です。今年もおかげ様で掃除が楽にできそうです”というお言葉をいただきました。
 そして何よりもうれしかった事は、今まで学校内でEMを投入している事は公表されていなかったのですが、校長先生が公表して下さり、“EMとはこんなにすばらしいものです”と説明もして下さった事です。
 又、別の小学校でも7月に先生方のEMの勉強会が行われるという話を聞きました。着実に一歩一歩、少しずつですが本当に理解され、広まりつつある事が目に見え始めたとうれしく思います。
 高知でも学校教育の中での取り組みが実現する日が来る事を願って、これからもあせらず、急がず、自分で出来る事を実行させていただきたいと思います。

小松加世子(090-1176-3884)

 毎年5月は、消費者保護基本法施行20周年を機に1988年からはじまった「消費者月間」です。5月30日は、ごみゼロの日です。この日、帯屋町で、高知市廃棄物対策課と18消費者団体が中心となり、ごみ減量キャンペーン活動をしました。高知には、40年前からごみ問題にとりくんできた団体もあるんですよ。下のグラフをごらんください。
高知市のプラスチックごみ処理費は、4年前まで1億円台だったのに、3年前から4億円台にのっています。清掃費全体では年間60〜170億円かかっています(高知市環境部発行「平成15年度版 清掃事業概要」より)。

 帯屋町での容器包装リサイクル法改正の街頭署名活動で、もっとも熱心に私たちの話に耳を傾けてくれた年代層は、10代、20代の若者たちでした。一見、関心なさそうな派手なカップルに「プラスチックごみの処理に、高知市だけで4億円も税金を使ってること、知ってる?」と声をかけると、20代になったばかりの若者は、「・・まじっすか」と真顔で答え、税金の使われ方、ペットボトルのこと、ごみ問題に無関心だったことなど、熱心に話してくれました。私が参加した2時間で、60名以上の方々が署名に応じてくださいました。高知の未来を悲観しなくてもいいかなと、かえって元気をもらったごみゼロの日の活動でした。

ラーラ