8. ラジオの時間 都築房子

 今の子どもたちにとって、テレビの無い暮らしなど思いもよらないことだろうと思います。しかし私たちは物心がついてから中学生の頃まで家にテレビが無い時代に育ちました。その代わりにラジオは生活の友でした。小さい頃の記憶に「尋ね人の時間」というラジオの番組がありました。それは毎夕5時頃から戦争で生き別れになった人々を捜す内容で「中国、東北部、○○から引き揚げてきた○○さんを○○さんが捜しておられます…」などというアナウンスが次々に流れていましたが、大人になった今でも強く心に残っています。またラジオドラマで子どもに「赤胴鈴之助」や「少年探偵団」などが人気で子どもでも耳で聞きながらしっかり頭の中にそのイメージを作ることができました。(当時、子どもの吉永小百合さんが赤胴鈴之助の中で声優をされています)
 大人たちも夜になるとラジオから流れる野球中継や流行歌などに1日の疲れを癒されていました。年末のNHK紅白歌合戦もしばらくはラジオでした。大晦日に私たちのお正月の晴着の寸法を直しながら、母や祖母が夜遅くまでラジオを聞いていました。さらに、私たちが中学生になった頃ラジオで「9500万人のポピュラー・リクエスト」という音楽のリクエスト番組が大変人気があり、これでビートルズなどとも出会いました。洋楽を初めて知り、皆その魅力にはまりました。中学生くらいになると、家族一緒に見るテレビより自分1人で聞くラジオの方が自由で楽しい時間になっていました。このように私たちはラジオから入る様々な情報に影響を受けて成長してきました。
 現在の子どもたちを取り巻く大量の情報は、テレビやパソコン、携帯電話、DVDなど多様な方法で入ってきます。しかし、本当に必要なものを選択することはますます難しくなってきているように思われます。

(19) インクレディブル!インディア
 4. デリー
チュンズ

 6月20日(土)インド最終日。深夜の便で日本へ帰国。
 午前中は、興味があったデリーの郊外にある大きな蓮の花の形をしたお寺、ロータステンプルへ向かった。広い敷地内には芝生が敷かれ、途中靴を預ける場所があって、裸足で中へ入る。入り口で列をなした人々に対して英語で「撮影はご遠慮ください」などの説明がされており、厳粛なその建物の中には、教会のように長椅子が並び、信者と思われる家族連れなどがちらほら座っていた。アイボリーで統一された曲線を描いたドームの天井中央には、きれいなライトが見える。しばらくの間、黙って静粛な空気を楽しんでから、外に出て靴を履き、別館の立派な資料展示室を見てまわった。
 午後からは、特別に運転手さんのお姉さんのご自宅を訪問させていただくことができた。とてもきれいでやさしそうなお姉さん。上品なご主人は屋上に鳩を飼っていて、ふたりには11歳の息子さんと3歳の娘さんがいた。ご主人のご両親と同居されていて、おじいさまは元軍人さんとのこと。異文化の風習がぎゅっと詰まった結婚式のアルバムなどを見せてもらって、とても興味深くおもしろかった。
 その後、インドの映画を見ようということになり、ガイドさんと一緒に大きくてきれいな映画館へ向かった。何が何時から上映中かもわからなかったけれど、コメディもののチケットを買って荷物検査を受け、ポップコーンとノンアルコールビールを持って階段を上がった。暗い中やっと自分たちの席をみつけると、すでに誰か座っていたのでいくつかずれて着席。場内はけっこういっぱいで、すでに映画は始まっている。4人の男が主人公で、内容は馬鹿らしいけれど洗練されていてテンポがよく、言葉はわからないなりにかなり笑えた。
 映画館を出てイタリア風カフェに入り、ヘーゼルナッツのフロートを注文。ここでガイドさんに映画について日本語に訳してもらったのだけれど、違う国と国を繋ぐ語学を学ぶ彼らがいてくれるからこそ、私はこうやって安全に他国を訪問することができているのだな、と再認識した。
 23:15発のAI314に間に合うよう、3時間前の20:15にインデラ・ガンディ空港の国際線出発口ターミナル2に到着。
 空港内にはガイドさんたちは入れないので、入り口で握手をし、お礼を言って別れ、エアインディアのカウンターへ並んでキャリーを預けた。ランチボックスやサンダルが入った大きな革バッグは手荷物に。
 壁際まで移動し出国カードを記入後、かなりゆっくりとしか進まないイミグレへ並び出国手続きを済ませた。
 残るは手荷物検査だけれど、案の定、ステンレス製品はひっかかり、中身を出せとのこと。ふぅ、また1から詰め込むの大変なんですけど…。
 検査場を通過し、免税店のあるところまで来て電光掲示板を見ると、まだどのゲートから出るか未定だった。ルピーがあるので、コーヒースタンドでカフェラテを頼み、椅子に座って一息つくことにした。これで無事飛行機に乗れれば万事OKだが…。
 係員の人に尋ねて向かった11番ゲートはどう見てもタイ航空のチケットを持った人ばかりなので、おかしいなと思って、インフォメーションで確認すると、1番ゲートですでに搭乗開始されているとのこと。誰だ!あたしにイレブンなんて言ったのは!やっぱり最後まで気が抜けないじゃん。駆け足でエスカレーターを降り、1番ゲートに到着。隣の2番ゲートには韓国人が多いので、ソウル行きのようだ。チケットを切られた後、乗客はバスに乗って飛行機まで運ばれ、AI314は離陸。
 帰りは香港での給油のときと機内食を食べるとき以外はずっと毛布に包まって寝ていればいいので楽☆
 6月21日(日) 関空到着。日本時間は13:00をまわっている。
 入国審査後、ターンテーブルから荷物を受け取り、税関を抜けてから、家族へ無事帰ったことを連絡。
 帰国した瞬間からなんだかインドが懐かしくて、次行けるのはいつだろうと、このときすでに漠然と考えている私。リムジンバスでOCATまで戻り、いつも寄る5Fの「風月」でミニ生ビールとイカ玉を注文。ロータステンプルからずっと着ているワンピースは汗もつれで、化粧もほとんど残っていない状態だったけれど、仕事を終えた後の生と焼きたてのお好み焼きは格別に美味かったのだった。 (おわり)