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 「紙」は私達にとって大変身近な素材です。そして文字や絵を記して情報を伝え、記録に残すなど、重要な役割をになってきました。

 いま紙の役割が多様化して、美術における表現素材としても様々な可能性が追求されています。

 そして、紙を素材にして様々な表現を追求した「アジアの紙展」が備中和紙の里であった岡山県の中央部に位置する成羽町、高梁市、吉備高原の三ケ所で開催されています。この展覧会には海外から9名、国内から21名の紙を素材にして表現活動をしている現代美術作家が参加しています。そこでは表現素材としての紙の持つ様々な特質と向き合い、日常で出会う「紙」からは予想もできない多彩な表情を引き出しています。

 この試みは一方で、地方からの発信という大きな意味合いもあわせ持っています。アジアの地域が持っている力と表現、自然の素材とイメージを強く発言しようとしています。韓国やイスラエル、福井の越前和紙や、愛知の美濃和紙などと並んで、高知の土佐和紙も素材として参加しています。それぞれ作家の住んでいる地域の紙が、その土地ならではの表情を見せることになります。

 今回私は、岡山の「瀬戸内現代美術」のメンバーからのお誘いでこの展覧会に参加できることになりました。私自身は紙を素材として制作するようになってまだ日が浅く、十分に紙の力を引き出しているとはいえない状態で、いつも紙は難しいと痛感しています。

 紙は、なにか他の実材(例えば木や鉄)の力を借りてはじめて自立できる素材です。私が現在使用している紙は、伊野町の「ペーパー・ラボ」を通じて入手しています。この「ペーパー・ラボ」は、土佐和紙の良さをもっと多くの人々に知ってほしい、そしてもっと使ってほしいという強い熱意を持った女性グループです。この応援があってはじめて私の紙の仕事が成立したと思っています。それまで身近にあっても、作品制作の素材とは考えていなかった「紙」に、目を向けることができ新しい仕事ができました。

 さて、成羽町美術館は、安藤忠雄氏の設計で、非常にユニークな空間を構成している美術館です。高知でも越知町に、同氏による横倉山自然の森博物館がオープンしましたが、独特のコンクリートによる建造物は、同じような山間部の深い緑のなかでひときわくっきりと、人工と自然の対比を見せています。

 そのような背景のもとに、各地から参加した出品者たちの作品は、多様で、紙の可能性にあふれたとても刺激的なものでした。他の素材以上に紙はそのつくられる土地の空気を現していて、それぞれの地方のメッセージを感じます。

 植物の繊維からつくられた紙が、野性の力を取り戻して、生き生きと発言しているようです。そして、紙という共通点があるため、作品たちはお互いに強く自己主張しながらも調和のとれた空間ができあがっています。

 その中で、私の「抵抗」と名付けた出品作品は、いささか異色に思われます。ブルーに染色された和紙を使った、椅子に座っている人型6体と、茶色の40匹あまりのねずみによるインスタレーションは、見る人に少しショックを与えたようでした。しかし、それもまた現代に生きる私達の発言のひとつとして、多くの作品のなかで自然に受け入れられています。

 このような、地域に根ざす活動がさらに大きな輪になり、これからもっと多くの地方でそれぞれの発信がなされることを期待しています。それは制作する作家たちにとっても、受け取る人々にとっても互いに刺激となり、さらなるエネルギーを生み出すことになるでしょう。(高知新聞、98年6月掲載)

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