国吉晶子

8月25日〜9月2日、ドイツの首都ベルリンを訪ねました。
季節はちょうど夏の終わり、日没は20時、過ごしやすい毎日でした。私の目からは皆西洋人ですが、地図を持った観光客を多く見かけました。道幅が広い上、人がせかせか歩いておらず、閑静でのんびりした印象を受けました。大半の店は11時ごろ開いて、午後6時には閉まります。コンビニエンスストアはなく、選挙のポスターが目立っていました。
若い女性は、おへそを出し、下着のラインを見せ、また男性も気に留める様子もありませんでした。
ベルリンの電車の駅には、改札がなく、駅員もいません。勝手に自動販売機で切符を買い、誰にも見せることなく、目的地で降ります。ごくまれに、パトロール員が電車に乗り込んで来て、切符を確認するそうです。持っていなかったら、何倍もの料金を払わされるそうです。私は「ワン、チケット、プリーズ」を繰り返し、多くの美術館をめぐりました。その成果は、造形教室で表れるかな?
もう少し語学の勉強をしようと反省しながら帰国しました。
ハリケーン ジャナートまき
今回の便りは以前書いて戴いた美和クランマーさんとは別の方ですが、やはり造形教室の卒業生です。アメリカ人の夫と今年出産された長男の3人家族でフロリダ州に住んでいます。都築

 8月末のハリケーン・カトリーナの直接的な影響は、私の住む地域にはありませんでした。ただ、ハリケーンシーズンに入ってからのガソリン不足が深刻になってきています。高波でタンカーが近づけず、高値になってしまうのはしょうがないのですが、スタンドにガスが無いのは公共の交通機関の無い住人にとっては非常に厳しい状況です。幸い、我が家は通勤にそれほど時間が掛からない上に、二台とも車自体の燃費の良さがあってガソリンがある時に給油をしていれば大丈夫です。
 ニューオリンズの被害については、誰が責任を負うべきだったのか、何がこれほどまでの悲惨な状況を生んだのかが、連日報道されています。主人は救助隊への銃撃など同じアメリカ人として情けない有様に、最近では朝のニュースは見ないようになってきました。
 同じ、ゴルフコーストに住んでいる私たちにとって、今回のハリケーンは人事ではありません。去年はハリケーン・アイバンが隣の市にひどい被害をもたらし、まだ完全復旧できていない状態です。家から50mと無い場所にあったガソリンスタンドの屋根は飛び、そのまま閉鎖されました。
 ですので、この地域は各自、数日分の水・非常食をハリケーンシーズンには備え、天候チャンネルを見て避難先を二、三日前から確保するのは当たり前になってきました。実際、我が家も窓を板で覆い、写真や保険証書などを車に詰め込んで、今年に入って二度避難しました。
 今回のことを書き始めると、やるせなさばかりがこみ上げてきて来てしまいます。私は避難勧告でなく命令を出さなかった事、そしてニューオリンズの人々に無かった危機感がこのひどい状況の背景にあると思えてなりません。ただ、誰かを責める事は誰にでも出来るので、一日も速く少しずつ良い方に向かっていけるように願うばかりです。

−私たちのなかの子どもへ− (22) 久保慧栞

『エリコの丘から』(著者:E・L・カニグズバーグ / 訳:小島希里 / 出版社:岩波少年文庫)

 たいていの場合、何かになることが、人生の初期、大人になるまでは、とりあえずの目標ではないでしょうか。自分にそれだけの技量があるかどうか、そしてそれだけで足りるのかどうかもわからないままに。芸術的な才能を必要とするのなら、それが叶えられた場合、あなたにとってちょっとした才能はあって当たり前、練習では身につけられない力を、すでに持っていたことになります。しかし、たとえ、なりたかったものになれたとしても、その状態を保ちつづけるためには、才能以外の何かも必要になるのでしょう。
 今は亡きかつての映画女優、演技派のスターだったタルーラと知り合ったジーンマリーと、友人のマルコム・スー。マルコムは、ジーンマリーが「クローン人間」と呼んでいる同級生たちとは違ったつながりを感じている唯一の友人です。
 タルーラの住んでいる場所は、ジーンマリーが名付けた「エリコの丘」の地下にあるらしい、「ラハブの宿」という秘密の部屋。二人の子どもたちは、タルーラに呼ばれ、彼女の探偵となります。タルーラが死んだときになくなったという「レジーナの石」という宝石の行方を追いながら。そして、ラハブの宿へ招かれる時間をこよなく大切に思い始めます。普通の大人とはまったく違う、奔放で個性的で厳しくて優しいタルーラ。彼女の昔の仲間たちのもとを訪ねる旅を楽しむ時間をも、二人は体験します。
 いつか大女優になりたいと密かに願うジーンマリーと、論理的な大科学者になりたいマルコム少年。スターになるために必要な三つのもの、二人はその答えを、レジーナの石とともに見つけました。このファンタジーは、著者の描く他の現実世界の物語以上に、人生の核心を突いてきます。「才能」や「夢」が人生の目的となっている種族の人たちにとって、その両方を手にしたタルーラと著者からのメッセージは、熱くて痛いものとなるはずです。

ラーラ

 7月に映画『東京原発』とあわせておこなわれた講演の要旨を、2回にわたってご紹介します。
 1回目は、生態系に負荷をかけない自然エネルギーの利用を広めようと太陽光発電を推進する市民運動のプロジェクトリーダーをされている高知大学名誉教授 岩田裕先生の講演です。
 国は、原子力最優先のエネルギー政策を推進する理由を「原子力発電は安全で、発電単価が最も安い・・」等と言っています。それは本当でしょうか?「安い」の根拠としてよく示される、1999年資源エネルギー庁の「水力、石油火力、石炭火力、LNG火力に比べ原発は最も安い5.9円/1kwh」という数値、この計算をくつがえす事実を見逃してはなりません。
 1)日本中で年間1000トン出る使用済核燃料を、未来、数百年間以上管理していく全経費を、まったく計算に入れていない!
 2)原子力発電所の耐用年数は1992年まで16年だったのを、一挙に40年に延長した!
安全性の見落としの確率が高くなり、事故発生の確率は当然高くなる。
 3)あってはならない事故が頻繁に発生しているが、その事故対策費を計算に入れていない!
1995年の高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ火災事故後、停止中の維持費が年間数百億円。1999年のJCOの臨界事故では、急遽1200億円の対策費が計上された。
 4)国の予算(一般会計、特別会計)を計算に入れていない! 2004年度の原子力エネルギー関連予算1078億円のほとんどが文科省の研究費に、「電源立地勘定」1864億円が原子力発電所周辺地域の整備や原子力発電PRに、「電特」1419億円が用地買収や原子力安全対策費用に充てられている。この費用は消費者の電気料金にも含まれ、大多数の国民は知らずに徴収される。
 このように未来につけを残す、まやかしの原子力発電をやめ、エネルギー政策の転換を図りたいと考えます。すでにモデル事例として、1)三重県芦浜原発の白紙撤回、2)金沢地裁での「もんじゅ」住民勝訴、3)新潟県刈羽でのプルサーマル拒否住民投票、4)ドイツ政府の2020年に原発を廃止、自然エネルギーや再生エネルギー普及構想、5)スエーデンの原発廃絶国民投票、6)原子炉無しでエネルギーの自給率を高めたデンマークなどがあります。これらは、住民市民ひとりひとりの「安心して暮らしたい」「子や孫に安心安全な環境を残したい」という意識が達成した成果です。